消えた犬小屋

 その赤い屋根の犬小屋は、電気工事業者の敷地の片隅にあった。隣はゴミ置き場、背後はドブ川と雑木林だ。プレハブの事務所や倉庫からは、それぞれ15メートル程度離れている。小屋の主は、ごく普通の雑種犬だった。誰にも干渉されず、いつ見てもおとなしく座っていた。

 台風が接近していたある時期、犬小屋の屋根と1メートルほど離れたフェンスとの間にブルーシートが張られた。明後日に台風上陸が予想され、雨が激しさを増したある日、犬小屋が消えた。そして台風が去った翌日には、何事もなかったかのように元の場所に戻っていた。

 犬小屋は犬の体に対してかなり大きく、1人では動かすのが難しそうだった。雨の中、何人かの人々が1匹の犬のために犬小屋を避難させている姿が目に浮かんだ。